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2012-01

過去からの警告

1/15に放送された
「ザ・スクープスペシャル 過去からの警告~古文書と考古学が語る巨大津波~」、
皆さんご覧になられましたか?
とても興味深かったです。

メモを取りながら見ましたので、番組をご覧になられていない方に
是非読んでいただければ、と思います。
(なお、誤字脱字、言い回しが統一されていない部分はご容赦ください)


東日本大震災で大きな被害を受けた地区のひとつ、宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区。
ここでは住民の1割が犠牲になりました。

この地域の防災対策基準は 宮城県沖地震(1978年)のM7.4でした。
閖上地区は沿岸部のわずかな地域しか浸水しないと思われていたのです。

しかし、平安時代に書かれた古文書、「日本三代実録」には
869年に起こった「貞観地震」の記述があります。

古文書のことは知られていましたが、「信憑性がよく分からない」地震だと
みなされ、軽視されていたのです。

貞観地震で被災した東北地方の人々は 死後の極楽浄土を夢見て浄土信仰へすがりました。
平泉の浄土信仰の原点は 貞観地震 だそうです。

今回の津波の進水域は内陸3~4キロまで達したが、貞観津波の浸水域もほとんど同じ。
第一波が沿岸部に到達したのが60分後というのまで同じ。

しかし、東電は 福島第一原発を襲う津波は 塩谷埼沖地震(1938年)が最大級だとして、
津浪の被害想定を5.7mとしていました。(実際の津波は14m)

2009年6月産業技術研究所の岡村行信博士は経産省の審議会で調査結果を報告し、
警告しました。
「貞観地震では 塩谷埼沖地震と全く比べものにならない非常にでかい津波が来ている。」
東電担当者は
「貞観地震の被害は それほど見当たらない」。
岡村博士
「日本三代実録には多賀城が壊れたという記述があります。」
古文書の記述や科学的裏付けがあるにもかかわらず、結局 東電が津波の想定を見直す
ことはありませんでした。

東北学院大学の松本秀明教授によれば、
貞観地震の1000年前、今から2000年前の弥生時代にも巨大津波が襲っていた。
今回の津波、貞観津波、2000年前の津波の海岸線からの距離を比べると、ほぼ同じ規模で
内陸に達していたのです。


「日本近海でマグニチュード9は起こらない」大震災の前は多くの専門家がそう
信じ切っていました。

名古屋大学 川崎准教授が 震災以後、南海トラフでM9の地震が起こったとして
シミュレーションを行いました。

その結果、直後に御前崎(静岡県)で7.5m、潮岬(和歌山県)で5.5m、
室戸岬(高知県)で7.7mの津波

20分以内に船越(三重県)で13.7m、尾鷲で10.8m、田辺港11.1m、高知港13.5m、
足摺岬で10.5mの津波が襲うというシミュレーションになった。

伊勢湾で4m、大阪湾で4m以上と、内海でも津波が長時間押し寄せるという解析結果が
出た。

「M9の地震があった場合、防波堤や水門などの機能を保てるのか。液状化や地震で
倒壊すると必ずしも安全と言えない。」

大阪市内は 土地が低いところが多い。
4m50cmの津波が押し寄せ、防潮堤、水門が全く機能しないと仮定すると、
JR大阪駅、道頓堀、新大阪駅を含む市街地のほとんどがいずれも浸水。

住民の多くは知らないが、大阪は過去何度も津波が来ていました。
道頓堀川をさかのぼる人の背丈の2倍の津波が来ていたのです。
1854年安政大津波、安政大津波の150年前、宝永地震の際にも大津波が来ていました。
津波被害を伝える石碑も立てられています。

法隆寺に残されてきた古文書「斑鳩嘉元記」。
1361年に大阪を襲った「正平南海地震」の被害の様子が記されていた。
「四天王寺金堂が壊れ倒れた。」
海から5キロ離れた四天王寺は標高20メートルほどの大地に立っています。
京都の公家の日記には金堂の建物が倒壊して「微塵になった」という表現がある。

揺れがおさまった大阪は広い範囲で液状化現象が起こっていました。
内陸部にまで液状化現象の痕跡が見られます。

大阪は昔、海だったところが埋まって陸になっています。
南海地震の場合は 大阪平野は数分間、揺れ続けることが想定されている。
今回の地震では 仙台市宮城野区で震度6弱の揺れが2分50秒、いわき市小名浜で
震度6弱が3分10秒続いている。
南海地震が起きれば 震源から遠く離れた大阪でも3分以上の大きな揺れが続く。

「斑鳩嘉元記」には 奈良の薬師寺の金堂も2階が傾いて片方の塔は
「九輪」(塔の屋根の上に立っている鉄製の飾りのようなもの)が落ち、もう片方は
大きくゆがんだ。
奈良の唐招提寺でも被害が。
近畿の広い範囲に被害が及んでいました。

1361年は秀吉が市街地を開発する前で、大阪はまだほとんどが湿地帯でした。
海に近い場所にいくつかの集落があり、海産物を取って生計を立てていた。
「太平記」では 引き波が1時間もあり、魚が浜に打ち上げられたので、
漁民たちが魚を採ろうと浜へやってきて、その後に来た津波に飲まれたことが
記されています。

南海トラフを震源域とする東海、南海、東南海地震は90~150年という間隔で
大地震を繰り返してきた。

北海道大学の平川一臣教授によれば、地層を調べると、三陸地域には6000年の間に
少なくとも、6回大津波が来ていました。

特に3500年前の津波は 慶長三陸津波や貞観津波とは比べものにならない大きさだった
ことが地層で分かっています。


1498年 明応地震では 浜名湖のほとりの東海道の宿場町が消えた。
以来、浜名湖は船で渡るのが当たり前になった。
浜名湖と海を結ぶ「今切口」はそのときに出来た新しい湖の入り口。

海から1キロ離れた寺(高徳院)に押し寄せ、鎌倉大仏を破壊した。
大仏の肩には 大仏殿崩壊のときについたと思われる傷も残っている。

しかし、鎌倉市のハザードマップでは高徳院が避難先に指定されてきました。
鎌倉市には17万人が暮らし、防潮堤も場所によってはない。
関東大震災を元にした5mの津波想定は大丈夫なのでしょうか。


福島第一原発事故直後の3/18、関西電力が美浜原発の地元美浜町議会に
配った資料では
「文献によると過去に若狭湾周辺で津波による大きな被害記録はない」と記されて
いる。
しかし、古文書があったのです。文献の存在を30年前に把握したにも関わらず、黙殺して
きたのです。

1586年に起こった地震、津波が 吉田兼見の日記、「兼見卿記」と
ポルトガル人宣教師 ルイス・フロイス「日本史」の中で若狭湾の大津波が描かれて
います。

若狭湾には14基の原発がひしめきあい、それぞれの想定津波は2m前後。
高浜原発は0.74~1.34mの想定しかしていない。敦賀原発は2.8m。

しかし、原発稼働から40年、一度も科学的な津波調査が行われてこなかった。

天正大地震の「若狭大津波」は研究者の間でもその存在が疑わしいと考えられてきた。
しかし、岐阜県 飛騨の白川村では戦国武将の城が一瞬にして消えたという古文書がある。
滋賀県の長浜町では 長浜城が大きく壊れた。
当時の城主、山内一豊が城倒壊で一人娘の与弥姫を失ったことはよく知られています。

地震による地滑りで集落が琵琶湖に消えた。
人の頭ほどの大きさの石が 長浜の沖およそ100mで見つかりました。
集落の跡と思われます。
これらは天正大地震で沈んだ可能性が高まりました。
震源地から遠く離れた京都でも 京都三十三間堂の仏像600体が倒れた。

電力会社3社は ボーリング調査を行い、
「天正地震では津波があったとしても小さいものだった」と結論付けました。

しかし、三陸の津波地層を分析した平川教授によれば
「ボーリング調査はあくまで点でしかない。何十点何百点やっても点でしかない。
ボーリングで発見されなくても津波がなかったという証拠にはならない」という。

福井県は これまでの津波想定2.5mを3月までに見直す方針を発表。

地震考古学 寒川 旭博士によるとここ最近の地震発生の状況は
9世紀の平安時代に似ているといいます。

●9世紀の巨大地震
 869年 貞観地震(東日本)
 878年 元慶関東地震(関東直下)
 887年 仁和西日本地震(南海トラフ)

巨大地震の間には 内陸型の地震が 
北関東、秋田、長野、伊豆、山形、新潟、播磨、出雲で起こっていた。

最近50年を振り返ってみても、これと似ている。

貞観地震から数十年の間に関東直下型地震と東海、南海、東南海地震が連動して
起きていた。

これに加え、9世紀は 阿蘇山、開聞岳、鳥海山、伊豆諸島など8件の噴火の記録が
あった。
9世紀は 地震と噴火が連動して起きた巨大災害の世紀だったのです。

気象庁 火山噴火予知連絡会 藤井事務局長の話。
「世界でM9の地震が起きると、近くで火山が噴火することはよくある。
20世紀以降の例だと、例外がない。」

1900年以降発生したM9クラスの巨大地震は6回。
2004年 スマトラ島沖地震(M9.1)では、1年4か月後にジャワ島の火山噴火
2010年 チリ沖地震(M8.8)では1年3か月後にアンデス山脈の火山噴火

火山では 地下数十キロのところにマグマがたまっている。
地震で起きたひずみがマグマの活動を促し、噴火を誘発する。

3.11以降、日本でも火山活動が活発化した。
富士山の地下でも火山活動が活発化。

3.15に起きたM6.4の地震 震源は富士山の直下14キロの地点だった。

富士山は4つのプレートが交わる危険な場所。
24時間体制で監視されている活火山です。

地震と富士山噴火は 9世紀の古文書に記されています。
「駿河の国、富士の大山が大噴火した。その勢いは甚だ激しく、一、二里四方の
山を焼き尽くした。
大地震が三回あり、噴煙はひどく熱せられ、人が近づくことなどできなかった。」

貞観地震の5年前に富士山の噴火が起きていたのです。
貞観噴火は山頂ではなく、山の中腹から噴火、北西に大量の溶岩を流しました。

「土や石くれが流れ、本栖湖とせの湖を埋めた。湖水は熱湯になり、魚や亀の類は
全滅した」と古文書にある。
貞観噴火で流れ出した大量のマグマは はるか20キロ離れた本栖湖とせの湖を埋めた。
広大な「青木ヶ原樹海」はこの噴火で生まれたもの。(下に溶岩が埋まっている)
地下150メートルにまで溶岩が広がっています。

噴火で出たマグマの量は14億立方メートル。
ちなみに新燃岳のマグマは700万立方メートル。(東京ドーム6個分)
富士山の噴火ははるかにそれをしのぐ規模だった。
東京ドーム500個、1000個分になる可能性もある。
「長く休んだ火山は恐い」のです。

溶岩が南に流れれば5日後には東名高速に達する。
北へ流れれば河口湖を埋める可能性もある。
高温の溶岩が水に触れると水蒸気爆発を起こす。
「湖が熱湯になった」という古文書の記録とも一致する。
火山学的には富士山の噴火は「必ず起きる」そうです。

江戸時代に噴火した噴火した「宝永火口」からは大量のマグマが出て、
上空3万メートルまで火山灰が噴き上げた。

1707年の宝永大噴火 静岡大学 小山真人教授(火山学)の分析によると
宝永4年10月M8.7の巨大地震発生。
富士山中で1日10~20回ほどの小さな地震が起きた。
12.15 有感地震の回数が増え、夜には規模が拡大。その翌日に大噴火。
火山灰はふもとの村を消滅させ、江戸にまで降り積もった、
日照不足による飢饉も発生。多くの人が餓死した。

政府は2003年にハザードマップを作成。溶岩や火山灰の流れる範囲を示した。
想定される農業被害9000億円
被害総額は最悪の場合、2兆5000億円

小山教授によると、このハザードマップも見直しが必要。
「山体崩壊までは想定できていない。」のがその理由です。

「山体崩壊」とは 噴火により大規模な山崩れが起きること。
1980円にはアメリカのセントヘレンズ火山で起き、標高2950mが2550mと、400m低くなった。
数千年で一度の確率でしか起きないため、富士山のハザードマップでは想定されて
いない。


これまで国の防災対策は 発生頻度が数百年に1回と低くて実態がよく分からない、
大昔の巨大津波は想定から除外してきました。
しかし、昨年6月、中央防災会議はこんな中間報告をまとめた。
「貞観地震などを考慮の外においてきたことは 十分反省する必要がある。
今後はあらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大地震・津波を想定すべきである。」


といった内容です。


古文書での記述が残っているにも関わらず、また、地層の調査によって
過去に大津波が来たことが分かっているにも関わらず、海岸線沿いに54基もの
原発を建設してしまった日本。

珍しい深海魚が上がるといった地震の活動期に入ったような前兆を示す現象も
報告されていますし、いつ起こってもおかしくない、というか、周期からすると 
すでに起こっていないとおかしいとも言われている、東海・南海・東南海の三連動地震、
富士山の噴火と、日本列島には 今後 警戒すべき災害が いくつもありますね。

政府、市町村には もしも の場合の 住民の避難計画など、しっかり作成して
いただきたいものです。

また、原発については 再び大きな災害が起こる前に、稼働を止めて廃炉にして
ほしいと、あらためて思いました。

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